二条城の大改築

二条城の大改築

あなたは学生時代、修学旅行でどこに行きましたか?
大阪や京都といった関西や、沖縄、北海道といった離島、ひいては海外なんていう方もいることでしょう。
修学旅行は思い切り思い出に留まる、とても素敵な行事ですよね。

 

但し、行事といってもやはり学生ですから、目的は勉強です。
正にその土地に足を踏み入れ、歴史や文化に触れて体感するために行われます。
そのため、当時の建造ものがそのまま残されている物が多い「京都」が修学旅行先に選ばれやすいのです。

 

京都には、歴史の教科書に生じる金閣寺や東大寺、千本鳥居で有名な伏見稲荷大社などがあります。
その他にも有名な建造ものは数多くありますが、中それでも歴史スキの人達の間で人気なのが「二条城」です。

 

なので今回は、二条城の大改築の話についてご紹介ください。

 

私達のわかる二条城は、はじめからあの形だった訳ではありません。
徳川家康が亡くなった後、第2代将軍である徳川秀忠が二条城の改修に続き、次に第3代将軍の徳川家光が大改築を命じました。
それにより、当初建てられた外見とは、姿形が全く異なるものが出来上がったのです。

 

このような大改築が行われたきっかけは、行幸をむかえるためでした。
その間、能楽や乗馬なども行われ、二条城の最盛期とも呼ばれています。

 

このあと、落雷などにより天守や本丸御殿は消失してしまいますが、なのでまた新たに改修され、今の二条城が出来上がったのです。

 

二条城には奥深いストーリーがあって、今も存在しています。
見どころが多い理由は、そこに隠されているのかもしれませんね。

 

 

京都二条城が公開されるるまで

 

「年代や人もの、出来事を感じ取るのが苦手で、歴史は嫌いだった」「同じ人ものがたくさんでてきて、頭がこんがらがって仕舞う」などなど、学生時代、歴史が不得意だったという方は本当に多いのではないでしょうか。
歴史は他の科目と比較して感じ取ることがもっと多いため、暗記をするにしても一苦労でしたよね。

 

ただし、なぜか大人になって歴史の楽しさに感づく人がたくさんいます。
「憶えなければならない」という状況ではなく至る為、「興味本位で勉強してみたら楽しくなった」という方が多いようです。

 

歴史といえばお寺や城などの建造ものところが、それらのほとんどが「京都」に集中しています。
そこで今回は、京都に当時のまま残されている「二条城」が一般公開達するまでをご紹介ください。

 

今ある二条城は、元あった城を移転させたものになります。
その時の呼び名は「二条離宮」でしたが、改修によって「本丸御殿」と呼ばれるようになりました。

 

大正時代に差し掛かると、大正天皇即位の儀式が二の丸御殿で受け取ることになり、南門などの増築が施され、一段と立派な城になりました。

 

二条城はこの他にも、落雷や大きな行事で何回も改修がされています。
姿形を変え続け、いよいよ私達のわかる二条城が出来上がったのです。

 

そういう奥深い二条城には、ガイドブックに載せきれないほどの見どころがたくさんあります。
できるだけ京都へ訪ねる際は、二条城の歴史を勉強してから足を運んでみてはいかがでしょう。