織田信長の二条城

織田信長の二条城

あなたは修学旅行で、どこへ行ったか覚えていますか?
「友達と枕投げをしたことが一番印象に残っている」なんて方もいるでしょうが、さすがその土地の観光スポットを巡ったかと思います。

 

修学旅行の定番といえば、関西、最も京都でしょう。
京都には今でもかねてからある建造ものや跡地、ひいては町並みがいくつも残されています。
あなたも1度は京都に足を踏み入れたことがあるのではないでしょうか。

 

よくテレビや雑誌で目にする「伏見稲荷大社」や歴史で勉強した「金閣寺」など、これらはすべて京都にあります。

 

京都には「二条城」というお城がありますが、本当は一つだけではなかったことをご存知でしたか?
その中に、織田信長が建てたと仰る二条城があるのです。

 

これは、足利義昭が失脚したころに建てられたもので、元から建てられたあった城を大きく改修して造られました。
信長が京都に訪れていた時は決まって妙覚寺に宿泊していましたが、二条城がもらえるとそこに住むようになりました。
この二条城は、後に「二条新御所」と呼ばれるようになります。

 

ただし、そんな時歴史上でも有名な「本能寺の変」が起こります。
明智光秀と織田信長との戦いで、あなたも大方ご存知でしょう。
敵の攻撃を防ぐために最適として、この二条城が利用されましたが、隣接している妙覚寺と友に焼き払われてしまいました。

 

今では城の原型は跡形もありませんが、「二条殿御池跡」という石碑が残されています。
石碑だけでも見どころは充分ですから、京都に訪れた際はとにかく足を運んでみてはいかがでしょう。